不憫さを確かめる日記 22

中学一年生の頃の話。

当時、テレビで流れる積水ハウスのCMが本当に嫌いだった。夜ご飯の間、父親がいるときは沈黙を紛らわすためにいつもテレビの音量を上げていたのだが、そこに「世間で理想とされる家族関係」と、「広くてきれいな家に住めるような経済力」がありありと映し出されると、自分の家とのあまりの格差に、産まれてこなければ良かったという気持ちになった。「たまたま産まれた家庭が金持ちだった子供はいいな」と何度も思った。そんな子供は、この屈辱を慣れるほど味合わずに生きているのだと思うと、憎かった。もう産まれてしまったことをどうすることもできないが、それでも逃げ出したいくらい苦しい気持ちになっていた。その頃、自殺を助長する恐れがあるからと、映画から自殺シーンを排除する対策が施行されたということをニュースで知った。私は、そんなことよりも積水ハウスのようなCMを停止した方がいいと思っていた。いつも、最悪の気分で咀嚼したご飯を飲み込んでいた。